母と子ども

幼児教育に関するつぶやき

こわいこわい幼稚園の現状。あなたのお子さまの幼稚園は大丈夫?

6月の土曜日に、とある幼稚園の解放参観日を視察した。お家の方と親子で参加してくださいという事なので先生たちも遊び感覚なのか、年長児の一斉保育がどんなものか、遊び感覚を差し引いても見え隠れする普段の保育の酷さがすごかった。

園としても、先生と子どもたちの息の合った日々を感じさせる、そして流石年長!という成長の見せ場ではないかと思うのだが…。

 

年長  15人のクラスを見学。

◎園全体の環境
植物多い
建物、昔ながらであるが、安全性に配慮された、子どもが活動しやすい動線が完備、華美な色遣いなどなく昔ながらではあるが素朴で良い。直ぐ隣りに併設する地元市立小学校の附属幼稚園。
室内遊び空間、おもちゃの充実。未満児・年少クラスのままごとスペースやベビーカーなどのお母さんごっこできる環境良し。年齢に応じた、相応しい遊びの展開有り。
絵本、階段下の落ち着けるスペースに昔ながらの良書が揃っている。が、◯ン◯ンマンなどマンガチックなものも混ざっているのが残念。昔、選定、或いは誰かの信念のもと購入されたまま、ほぼ新作を足していく事なく以前の状態のままここまで来たと思われる。良書の綻びや破れなど補修に欠ける。
野菜作り、ナス、きゅうり、ピーマン、トマト、スイカ、米、オクラ、トウモロコシなど、成長も良く、手入れされている様子。
動物飼育、ウサギ、セキセイインコ、虫かごなど清潔に世話されている。
トイレ、スリッパ置く場所わかりやすくテープで仕切り良い。
ゴミ箱、燃えるゴミ分別されている、良い事。
ロッカー、仕切りしてわかりやすい
虫取り網、入れやすいよう厚紙での輪っか工夫有り。


◎保育
9時〜10時半
9時に登園すると、主任入り口にて出迎え、声かけ。
教室は開放的であるが、所狭しと机などが端に寄せてある様子。登園した子からすぐに取りかかれるように準備されている。すでに登園している親子が作業を始めている。
9時過ぎに「今日は木工を体験してもらいまーす。見本を置いてありますが、これを作らなきゃいけないってわけではないでーす。」「今から10時15分まで自由に楽しんでくださーい。」の声かけ有り。いちいち語尾を「◯◯でーす。」と伸ばす事が耳障り。これが子どもたちの言語の幅を狭め、正しい話し方を教えるという信念も皆無である事に、担任自身が気づいていない幼稚さにがっかり。子どもたちの正しい言語の見本になるどころか悪い見本を見せている事すら気づいていない事も大変残念。
また、子どもたちを集めて挨拶をしたり、今日やる事の目的や導入もないまま、何となくダラダラと始まる。まさかの75分間も自由に木工!そこまでの時間を有するような、レベルの高い作品が出来上がるような導入は一切ないのにだ。また、続いて登園してくる親子はその都度、挨拶するが、気づかない事もある。登園した子への説明はなく、カバンをかけたままウロウロして活動に入れない子どももいる。目的や意欲のないまま、何となく材料を選び活動を始めるが、機材の説明や危険でもある刃物の取り扱いについては、保護者任せとなる。途中怪我人が出るが、担任は気づかないままに、たまたま窓を開けに来た補助の先生が気づいて対処。床での活動の為、無意味になった机を畳んで廊下に出すよう補助の先生に指示される。

特定の保護者とだけ話す、ついてきた赤ちゃんを抱っこする、子どもたちの様子を写真に撮る、など全体を見ていない、かつ、担任として保育の力量はなくても良い事しかしていない。アルバイトのような感覚で、子どもたちの喜びや成長、教育的な観点は考慮せず、担任である自分に満足をしている。当日のみのアルバイトでも充分できる行動しかしていない。案の定、9時半を過ぎた頃から、活動に飽きてぶらぶら歩く子ども、何もせずボーっとしている子どもが目立つ。また活動しているのは保護者となっている。
10時になり「10時でーす。もういいなぁと思う子はお外で遊んでもいいでーす。」「作品は絵本袋に入れて持って帰ってもいいでーす。」と全体に声かけあるが、半分以上は聞いていないので(声かけの仕方が悪い為)今から何をすれば良いのか?作った作品はどうするのか?など、それぞれに聞きに来る。「◯◯してもいい」という伝え方は「してもしなくても、どちらでも良い」という曖昧な時に使う言葉。子どもはどうすれば良いのかわからないと思う。

目的や導入もないので当然、作品に対する達成感も愛着もない。片付けもそれぞれだが、子どもは片付けについては指導がなく、やりっぱなしで遊びに行き、また保護者任せ。いつまで遊んでも良いのか?遊んだ後どうするか?の今後の予定も子どもたちに伝えず、それぞれがバラバラに戸外に出ていく。
戸外では、クラスのまとまりなく自由に遊ぶ。担任が、渦巻きジャンケンの為のラインを園庭に描くと数人が寄ってきて遊びが展開するが、そこに来ない子どもたちのフォローは全くなし。
10時半になると先生たちから声かけ有り。これも伝え方悪い為に聞いていない人が多く、これからどうするか?個別で聞きに来る人多し。
皆、教室に戻るがまだ遊んでいる特定の子どもに対して、担任が腕を強く掴んで、教室に戻るよう指示をし連行する姿有り。
環境の良さに誤魔化されているだけで、担任としての保育は大変お粗末なものであった。年長児の6月の時点で、担任の一斉の指示を1度で聞けない姿、自由遊びの時のまとまりのない様子、目の輝きや笑顔、担任に寄り付かない姿、室内に貼ってあった絵画の出来映え…何をとっても、普段の保育が、いかに手抜きで愛情のない毎日か、発達段階に応じた保育がなされていない、教育的な観点から保育をしていない、子どもたちの心を掴んでいないか…がよくわかる。大変残念。
毎日、何となくカリキュラムをこなし(果たして子どもたちの成長の為に相応しいカリキュラムがあるのか、またはカリキュラムをこなしているのかさえ懸念する)時代の求める教育の為に自らが学ぶこともせず、努力をする事もなく日々を送る担任に、子どもたちへの愛情などあるはずもなく、ましてや、教育的な観点からの保育は到底望めるはずがない。


◎教室の環境、及び環境設定、絵画や笹飾りなどの作品
・壁の絵が全体的に、出来が悪い。子どもたちの絵に纏まりがなく、全体を見た時に、何を題材に描いているのか全くわからない。3月生まれが4人という月齢の低い子どももいるクラスという事から、幼さを差し引いても、全体的に年長児のレベルの良い絵が描けていない。それぞれの子どもの絵の才能を引き出せておらず、子どもたちの描く意欲を掻き立てていない事が原因である事が容易に想像できる。それぞれがバラバラに何となく描かされている事も想像できる。中には全く完成していない絵もあり、途中で目的を見失って、子どもが描きたくなくなった様子も見受けられる。何を描けば良いのか?題材や目的もなく(恐らく導入と説明の仕方が下手くそな為と推測できる)まず楽しく描いていない。絵の中に目的や喜びが感じられない。絵画的な指導もない。はじき絵のようだが、やってる子どもとやっていない子どもがいる。
・笹飾りが窓に吊るしてあるが、全員が全く同じ色遣いと順番と、出来栄えの歪みの無さを見ると、先程の力量のない担任の保育からは、このようになるはずがなく、子どもたちの独創性や独自性が感じられず、大きな違和感を感じる。ただ命令的にやらされたか、担任が作った事も考えられる。何故全員が全く同じなのか?不思議。子どもたちの作品のはずだが違和感を感じた。お星さまに、子どもたちの願いは届くのかな…。

以上。

 

大変嫌〜な気持ちになる文面にお詫びを致します。ただ、このように恐ろしく劣化した幼児教育の場は、決してここだけではない事を知ってください。この園は普通に地元の子どもたちが通う附属の幼稚園です。この日に参観した保護者は果たして危機感を感じたのだろうか?

このように幼児教育の場が劣化してきているのは随分前から感じていました。子どもたちは「今度の担任ダメだよ」とは言えない。世の中の全てを「善」だと捉えている幼児期、どんなに酷い担任の事も無条件に受け入れるしかないのだ。この子たちがこのまま大きくなったら、どうなるのか?と考えると、とても恐ろしい。

幼児教育の場をもっと真剣に改善し、教育的なレベルをアップしないと、もう日本はダメになるだろう。いや、もう今さら手遅れかなー。

 

おっと無責任な発言!気持ちを切り替えて!諦めたらダメだ!きっと素晴らしい教育を実践されてる幼稚園や保育園もあるに違いない。

幼児教育の現場をしっかり改善すれば、日本の未来はもっと明るくなると心から思っています。

 

「にっぽんをとりもどす!」

は?だれが?

どうやって?

 

 

絵本のこと「絵本の虜になっちゃう子」

先日、朝日新聞に一面使って、絵本の紹介、お薦め絵本の掲載があった。「絵本のプロ」「この夏読みたい」「本当に読んでほしい」のうたい文句で、8人の顔写真つき。これを見た若いママたちは、どれを買おうかしら?と考えた事だろう。

果たして、これで良いのか???と心配になる。

 

私が教えているお子さまに、これこそはと思う絵本をレッスンで読むと、どんなに絵本があまり好きではなかった子でも、絵本を最後まで聞けなかった子でも、マンガチックなものにしか反応しなかった子でも、テレビやゲームに夢中の子でも、次々新しいものを見たがる子でも、ただその1冊に夢中になり「先生あれ読んで!」と虜になる。何か月も同じ本を読んで欲しがり、読んでいくうち、その絵本の叡智に辿り着いたような幸せな顔をする。

さらには、この先生大好き!先生の言うことなら何でも聞く!先生とのレッスンの時間を心待ちにし、自分からお席に着いてレッスンを待ってる!という魔法をかける事までできる。
また、お母さんの反応も「先生、子どもが、こんなに夢中になる絵本があったんですね!」となる。何故これらの絵本がそれほどまでに良いのか?をお母さんにお話しすると、お母さんも納得し、絵本に対する思いを深くする。


あの掲載を否定はしない。一方でステキな絵本が生まれるのは楽しみ。でも、本当に良い絵本の事は、誰も教えていないよ!と思う。

 

これはあくまで「広告」で、新しい絵本を売るための商材が載っているだけ。あくまで売り手の意図が優先されている。それを読んでもらった子どもが、何を感じるか?など全く考慮されていない。
言わば、ビジネスに直結しているのである。


本来子どもに読み聞かせる必要のある絵本は限られていると思う。幼児教育の世界では、学校の教科書のように、お墨付きという事がないから、本屋さんや図書館で、母親が選ぶしかない。その本屋さんもまた、その本屋の店主が選んでいて、図書館にある幼児向け絵本も、図書館の誰かが選んでいるわけで。


若いママに、今回のような情報を与えると、これが1番素晴らしく旬のように感じて買ってしまうだろう。そうやって、「もっと良い絵本」は若いママたちが知らずに埋もれていく。

1番残念で犠牲になるのは、良い絵本に出会えない子どもたち。もっと言えば出会えないだけではなく、その子どもは「良い絵本を見る目」や、レベルの高い想像力までもが育たないという事。

子どもは親の鏡なんだから…

今回の西日本の大雨の影響による被害は、本当に気の毒で、出てくる言葉もない。

復興を心よりお祈り致します。


長年、幼児教育だけを貫いてきた私。日本の未来を不安に思いつつ、幼児教育の現場から、自分に出来る事を、大切な事を幼い心に伝えたいと願い、日々レッスンをしている。

 

こここそはと選んだ幼稚園に入園させ、習い事のない曜日はないほどに習い事をさせ、私立の小学校受験を控え受験勉強をする。言わばエリート路線を走り始めた幼児たち。
今回、私が指導させて頂いている子どもたち全員に同じ質問をしてみた。
「西日本で、川がちぎれて、大洪水が起こったね。雨が降り続いて、お家の中に茶色い水が入ってきて、亡くなった人もいっぱい。命が助かっても、お家が壊れた人もいっぱいなんだよ。
どう思う?」
子どもたちの反応は「怖い。」「かわいそう。」「茶色いお水、怖いな。」など。


幼児教育の立場から、そして、このエリート路線の先にある、社会のリーダーとなっていくはずの子どもたちに、今この幼い心の中に育てたい思いや志の為に、レッスンでは、①復興を祈ること。②無駄遣いをしないこと。③事実を知ること。を伝えた。皆、幼いきれいな心でうなづいた。
が、ただ1人、残念な言葉を発した子どもがいた事は悲しかった。
「うちじゃなくて、良かった!」
所得は高く、裕福で何不自由なく暮らすこの子の口からは、「自分さえ良ければ、他人がどうなっても関係ない」という大人の考えが、すでにあるのかと愕然とした。

遠い所の出来事、他人事、というレベルで、見ていたアニメのチャンネルを変えるように、映像が変わればもう忘れてしまう。幼児にテレビを見せる事の恐ろしさがそこにはある。
将来、社会のリーダーになるべく育てている両親の子育てにも、大いに問題と責任がある。